メンズアパレルの、トレンド変遷。スーツから、ストリートまで

「最近の流行りが分からない…」「昔、着ていた服がなんだか似合わなくなった気がする」。こんな風に感じている男性は、決して少なくないはずです。メンズファッションの世界は、驚くほどの速さで移り変わり、社会の空気や人々の価値観を映し出してきました。

私自身、長年アパレル業界に身を置いていますが、そのダイナミックな変化にはいつも驚かされます。キャリアの初期には、とにかく流行のアイテムを追いかけることばかり考えていました。

しかし、数々のトレンドの誕生と終焉を目の当たりにする中で、それぞれの流行には、その時代を生きた人々の「気分」や「憧れ」が色濃く反映されているのだと気づいたのです。

これから、戦後の日本のメンズファッションが、どのようにして現在の多様なスタイルへとたどり着いたのか、その大きな流れを振り返っていきます。

単なる懐かしい流行の紹介ではありません。アイビールックから現代のアスレジャーまで、それぞれのスタイルが生まれた背景や、それが人々の心にどう響いたのかを紐解くことで、今の自分に本当に似合うスタイルを見つけるヒントや、ファッションをより深く楽しむための視点が得られるはずです。

これは、過去を学び、現在を知り、未来の自分を創造するための、ファッションを通じた時間旅行なのです。

1. アイビールックと、日本のファッションへの影響

日本のメンズファッション史を語る上で、全ての原点と言っても過言ではないのが1960年代に大流行した「アイビールック」です。戦後の混乱から立ち直り、高度経済成長期に突入した日本において、若者たちはアメリカ文化、特に豊かで知的な東海岸のエリートたちのライフスタイルに強い憧れを抱いていました。

アイビールックは、その憧れの象徴でした。アメリカ東海岸の名門私立大学8校の通称「アイビーリーグ」に通う学生たちの、知的で清潔感のあるファッションがその手本です。

そのスタイルは、厳格なルールに基づきながらも、どこか若々しい自由さを感じさせるものでした。

  • トップス: 首元のボタンで襟を留める「ボタンダウンシャツ」が基本中の基本。ネクタイを締めても、ノータイで第一ボタンを外しても様になる、画期的なデザインでした。
  • アウター: 肩パッドが薄く、自然なショルダーラインを持つ「三つボタン段返り」のブレザー(紺ブレ)。一番上のボタンは襟の裏に隠れ、実質的に二つボタンのように着こなすのが粋とされました。
  • パンツ: 細身のシルエットが美しい「コットンパンツ(チノパン)」や、夏場にはバミューダショーツも取り入れられました。
  • 足元: 断然「ローファー」。靴紐がなく、着脱が容易なこの靴は、若者の軽快なスピリットを象徴していました。

このファッションを日本に紹介し、一大ムーブメントを巻き起こしたのが、石津謙介氏率いるブランド「VAN」です。私がこの業界に入った頃、大先輩から「今の日本のファッションの基礎は、VANが作ったんだ」と何度も聞かされました。

VANの功績は、単に服を売ったことではありません。彼らは、ファッションを通じて新しいライフスタイルそのものを提案したのです。例えば、今では当たり前に使われるTPO(Time・Place・Occasion)という言葉を広め、「時と場所、場合に応じた服装をすべき」という、それまでの日本にはなかった新しい価値観を提唱しました。

これは、ファッションを自己表現だけでなく、社会的なコミュニケーションツールとして捉える、非常に画期的な考え方でした。

1964年の東京オリンピックを目前に控え、日本中が活気に満ち溢れていた頃、銀座のみゆき通りにはVANのアイテムで身を固めた若者たちが集まり、「みゆき族」と呼ばれる社会現象にもなりました。彼らはVANの紙袋を持つことが一種のステータスであり、週末になると銀座を闊歩しました。

当時の大人たちからは不良のレッテルを貼られることもありましたが、彼らが示したのは、親世代から与えられたものではない、自分たちで選び取ったスタイルでした。

このアイビールックの流行は、日本の若者たちに「ファッションとは、ルールを学び、その上で自ら選び、楽しむものだ」という意識を植え付け、その後の日本のファッション文化が多様に花開くための、重要な土壌を耕したのです。

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2. DCブランドブームと、80年代の熱狂

1980年代、日本はバブル経済の絶頂期へと向かいます。空前の好景気の中、人々は「モノ」を通じて自己を表現することに熱狂しました。そんな時代の空気を捉え、ファッション界に革命を起こしたのが「DCブランド」ブームです。

デザイナーズ&キャラクターズ」の略であるこの言葉が示す通り、デザイナー自身の強烈な個性や哲学が、服のデザインに色濃く反映されていました。

このブームを牽引したのは、間違いなく日本人デザイナーたちです。特に、1981年のパリ・コレクションで川久保玲の「コム・デ・ギャルソン」と山本耀司の「ヨウジヤマモト」が発表したコレクションは、西洋の伝統的な美意識を根底から揺るがす「黒の衝撃」として、世界中のファッション関係者に衝撃を与えました。

  • アンチテーゼとしてのデザイン: それまでの西洋の服が体のラインを美しく見せることを目的としていたのに対し、彼らの服は体を無視したようなビッグシルエットや、左右非対称なカッティングが特徴でした。
  • 黒という哲学: 彼らにとって黒は単なる色ではなく、既存の価値観への反抗や、媚びない姿勢を象C徴する「哲学」でした。
  • 素材とディテールへのこだわり: わざと穴を開けたり、生地をほつれさせたりする「ボロルック」は、完璧な美しさに対するアンチテーゼであり、未完成の美を問いかけるものでした。

当時の熱狂はすさまじく、人気ブランドの服を手に入れるために、人々はショップの前に行列を作りました。全身を黒い服で統一したスタイルは「カラス族」とも呼ばれ、街を席巻。私も当時、アルバイト代を握りしめて青山や原宿のショップを巡りましたが、店内はまるで美術館のような緊張感に満ちており、服を買うという行為が、デザイナーの思想に触れる神聖な儀式のように感じられたものです。

このブームは、コム・デ・ギャルソンやヨウジヤマモトだけでなく、菊池武夫の「タケオキクチ」や、小西良幸の「フィッチェ・ウォーモ」など、多種多様な個性を持つブランドによって支えられていました。彼らは、ファッションが単なる流行り廃りではなく、自己を表現するアートにもなり得るのだと、多くの人々に知らしめたのです。

DCブランドブームは、日本のデザインが世界に通用することを証明し、ファッションの持つ可能性を大きく押し広げた、日本のクリエイティビティが爆発した時代でした。

3. 渋カジと、90年代のストリートカルチャー

80年代のDCブランドブームが、デザイナーから発信される「モード」の熱狂だったとすれば、90年代初頭に生まれた「渋カジ」は、若者たちが自らの手で生み出した、日本初の本格的なストリートファッションの狼煙でした。「渋谷カジュアル」の略であるこのスタイルは、その名の通り、渋谷に集う高校生たちが中心となって作り上げたものです。

彼らの根底にあったのは、DCブランドのような緊張感のあるお洒落への反発と、もっと自分たちらしく、リラックスしてファッションを楽しみたいという欲求でした。デザイナーが作り出すトレンドではなく、自分たちが本当に「格好いい」と思うものを自由に着こなす。その精神が、渋カジの核心でした。

そのスタイルは、アメリカのライフスタイルへの憧れをベースにした「アメリカンカジュアル(アメカジ)」が基本形でした。

  • ジーンズ: キング・オブ・ジーンズであるリーバイス「501」。新品よりも、履きこんで色落ちしたヴィンテージものが重宝されました。
  • アウター: アヴィレックスに代表される「フライトジャケット(MA-1など)」や、ハードな印象の革ジャン。
  • フットウェア: レッドウィングの「エンジニアブーツ」や「アイリッシュセッター」など、武骨でタフなブーツが必須アイテムでした。
  • その他: ラルフローレンのポロシャツや、チャンピオンのリバースウィーブスウェットなど、アメリカの伝統的なブランドが好まれました。

私が当時、渋谷のセンター街で見た光景は衝撃的でした。若者たちが、古着屋で手に入れたヴィンテージアイテムと、新品のブランド物を巧みにミックスし、まるで何十年も前から着込んでいるかのような、自然でこなれた雰囲気を出していたのです。

そこには、背伸びしたお洒落とは違う、等身大の「自分らしさ」がありました。この渋カジのムーブメントは、ファッションの主役が、パリや東京のデザイナーから、渋谷のストリートにいる名もなき若者たちへと移り変わる、大きな転換点となりました。

高価なブランド品を追いかけるのではなく、自分たちの価値観でモノを選び、着こなすというカルチャーは、この後の裏原系へと繋がり、日本のファッションシーンに絶大な影響を与えていくことになります。

4. 裏原系と、日本のストリートファッションの確立

90年代中盤から後半、渋カジという土壌から芽吹き、日本のストリートファッションを世界的なレベルにまで引き上げたのが「裏原系」ファッションです。その名の通り、若者でごった返す原宿の竹下通りから一本裏に入った、落ち着いたエリアにある小さなショップ群から、この一大ムーブメントは生まれました。

このカルチャーの中心には、藤原ヒロシ氏をはじめとする、DJ、ミュージシャン、デザイナーなど、多彩な顔を持つクリエイターたちがいました。彼らが雑誌で紹介するアイテムやスタイルは、瞬く間に若者たちの憧れの的となりました。

そして、「A BATHING APE」や「UNDERCOVER」、「GOODENOUGH」といった、今や伝説となったブランドが次々と誕生します。

裏原系の特徴は、単なる洋服の流行に留まらなかった点にあります。

  1. カルチャーとの強固な結びつき: スケートボード、ヒップホップ、パンクといった音楽やアート、トイカルチャーなど、様々なストリートカルチャーと深く結びついていました。服は、そのカルチャーに属していることを示すための「ユニフォーム」のような役割を果たしていました。
  2. 希少性を煽るマーケティング: 彼らが作り出すアイテムは、生産数が極端に少なく、簡単には手に入りませんでした。人気アイテムの発売日には、ショップの前に数百人の行列ができることも珍しくなく、この「手に入りにくさ」が、さらなる熱狂を生み出しました。
  3. 雑誌メディアとの共犯関係: 当時のファッション雑誌は、裏原系の情報を得るためのバイブルでした。雑誌がカリスマたちを取り上げ、限定アイテムを紹介し、それが若者たちの購買意欲を掻き立てるという、強力なサイクルが生まれていました。

私自身、当時は裏原系のショップに通い詰め、その独特の熱気に圧倒された一人です。それは、単に服を買うという消費行動を超えた、同じ価値観を共有する仲間たちとのコミュニティに参加するような感覚でした。

この裏原系ムーブメントによって、日本のストリートファッションは独自の文化として確立され、そのクリエイティビティは海外にも伝播。日本のファッションが「クール」であると世界に認知される、決定的なきっかけを作ったのです。

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5. ちょい悪オヤジと、LEONが作った市場

2000年代初頭、若者たちのストリートファッションが全盛期を迎える一方で、それまでファッションの世界ではあまり注目されてこなかった層、つまり「おじさん」たちに向けた、全く新しいムーブメントが起こります。

その震源地となったのが、2001年に創刊された雑誌「LEON」であり、彼らが提唱した「ちょい悪オヤジ」という鮮烈なコンセプトでした。

これは、それまでの「休日のお父さん」的な、くたびれた中年男性のイメージを180度覆す、新しい男性像の提案でした。キーワードは「不良っぽさ」「色気」「ラグジュアリー」。経済的に余裕のある大人の男性が、その財力と経験を背景に、若者とは違うお洒落を楽しむという、実に明快なメッセージでした。

  • イタリアンクラシコへの傾倒: スタイルの手本とされたのは、主にイタリアの男性たちのファッション。体にフィットしたタイトなシルエットのジャケット、胸元を大胆に開けたシャツ、素足で履くレザースリッポンなど、艶やかで自信に満ちた着こなしが紹介されました。
  • 高級ブランドのアイコン化: イタリアの高級ブランドがこぞって取り上げられ、時計や車、高級レストランといったライフスタイル全般を巻き込んだ、総合的な「モテるための指南書」として機能しました。
  • 新たな市場の創造: これまでファッションに無頓着だった、あるいは何を着ていいか分からなかった中年男性層に、「格好良くありたい」という潜在的な欲求を喚起し、巨大なアパレル市場を創出しました。

私がこのコンセプトに感銘を受けたのは、ファッションを単なる若者の特権ではなく、年齢を重ねたからこそ楽しめる「大人の遊び」として再定義した点です。バブル期を経験し、経済的に安定した世代の男性たちの「まだまだイケていたい」という願望に、このコンセプトは見事にマッチしました。街にはLEONを参考にしたであろう、日焼け肌にタイトなジャケットを羽織った男性たちが溢れ、日本のメンズファッション市場はターゲット層を大きく広げ、より成熟した段階へと入っていったのです。

6. ファストファッションと、ノームコアの流行

2000年代後半から2010年代にかけて、メンズファッションの世界に大きな地殻変動が起こります。

海外から「H&M」や「ZARA」といった、最新のトレンドを驚異的なスピードと低価格で提供する「ファストファッション」ブランドが本格的に上陸。国内では「ユニクロ」がベーシックウェアの品質を劇的に向上させ、「誰でも、どこでも、質の良い服が手に入る」時代が到来しました。

この、トレンドが民主化された流れと呼応するように生まれたのが、「ノームコア」という新しい価値観でした。これは「ノーマル」と「ハードコア」を組み合わせた造語で、「究極の普通」を意味します。

そのスタイルは、ロゴが目立つようなブランド品や、奇抜なデザインを意図的に避け、無地のTシャツ、洗いざらしのジーンズ、シンプルなスニーカーといった、ごくごくベーシックなアイテムで構成されます。故スティーブ・ジョブズ氏の黒のタートルネックにジーンズといったスタイルが、その象徴としてよく引き合いに出されます。

  • 「普通」であることへのこだわり: 一見、何の変哲もない普通の格好に見えますが、その実、素材の質感や、ミリ単位で計算されたシルエット、絶妙なサイズ感など、細部に徹底的にこだわるのがノームコアの本質です。
  • 脱ブランドという思想: 特定のブランドを誇示するのではなく、あくまで着る人自身の個性や内面性を引き立てることを重視します。ファッションで主張することをやめた、引き算の美学とも言えます。
  • 時代の空気感: 情報過多の時代に疲れ、常に新しいトレンドを追いかけることからの解放を求める人々の気分に、このスタイルはフィットしました。

私が思うに、ノームコアの流行は、ファッションにおける価値観が「何を所有するか」というモノ中心の考え方から、「自分らしく、どう着こなすか」というヒト中心の考え方へと、大きくシフトしたことを象徴しています。派手さはないけれど、そこには静かで知的な哲学が感じられる。そんな、新たな「格好良さ」の基準が生まれたのです。

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7. 現代の、アスレジャーとジェンダーレス

現在のメンズファッションの大きな流れを理解する上で、絶対に外せないのが「アスレジャー」と「ジェンダーレス」という二つのキーワードです。これらは、単なる一過性の流行ではなく、私たちのライフスタイルや価値観の変化そのものを映し出す、非常に重要な潮流です。

アスレジャーは、「アスレチック(運動)」と「レジャー(余暇)」を組み合わせた造語です。その名の通り、スウェットパンツやパーカー、機能的なナイロンジャケット、そして高機能スニーカーといったスポーツウェアを、運動時だけでなく、街着として日常生活の中に積極的に取り入れるスタイルを指します。

私がこのトレンドの背景にあると感じるのは、人々の健康志向の高まりと、何よりも「快適さ」への強い欲求です。ストレッチが効いて動きやすく、吸湿速乾性に優れ、手入れも簡単なスポーツウェアは、リモートワークやアクティブな休日を楽しむ現代人のライフスタイルに完璧にフィットします。かつては「部屋着」「運動着」と見なされていたアイテムが、今やテーラードジャケットと合わせるなど、洗練されたタウンユースのアイテムとして完全に市民権を得ました。

一方、ジェンダーレスは、男性らしさ、女性らしさといった、旧来の性別の枠組みにとらわれずに、自由にファッションを楽しむという考え方です。

  • シルエットの変化: 体のラインを強調しない、ゆったりとしたオーバーサイズのシルエットが主流になっています。
  • 色の多様化: かつては女性的とされたピンクやラベンダーといった柔らかな色合いや、性別を問わないベージュ、グレーといったニュートラルカラーがメンズファッションにも浸透しました。
  • アイテムの共有: 男性がスカートやドレープ感のあるブラウスを着たり、女性がメンズの大きなジャケットを羽織ったりと、アイテムの垣根が急速に低くなっています。

この流れは、個人の多様性を尊重する現代社会の価値観そのものです。誰もが、社会が作った「らしさ」の呪縛から解放され、自分が本当に心地よいと感じる服を、性別に関係なく自由に選ぶ。この二つの潮流は、ファッションがより実用的で、より自由で、より個人的なものへと進化していることを示しています。

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8. ビジネスウェアの、カジュアル化

働き方の多様化は、メンズファッション、特にビジネスシーンにおける服装に、過去に例を見ないほどの劇的な変化をもたらしました。

かつてはネイビーかグレーのスーツに、白いシャツ、そしてネクタイを締めることが絶対的な常識でしたが、今やその堅苦しいドレスコードは、IT企業やクリエイティブ業界だけでなく、多くの業種で過去のものとなりつつあります。

この流れを決定づけたのは、言うまでもなくコロナ禍を経て急速に普及したリモートワークです。自宅で仕事をする上で、肩の凝るスーツや締め付けられる革靴は必要ありません。しかし、オンライン会議などでは、相手に失礼のない、ある程度のきちんと感も求められます。

この「快適さ」と「きちんと感」の両立というニーズに応える形で、「ビジネスカジュアル」や「オフィスカジュアル」が急速に浸透しました。

私が多くのビジネスパーソンを見て感じる、近年の具体的な変化点は以下の通りです。

  1. 「セットアップ」の市民権獲得: スーツと同じようにジャケットとパンツが共布で作られていながら、ストレッチ素材やジャージー素材を用いるなど、よりリラックスした着心地の「セットアップ」がビジネスウェアの主役に。インナーにTシャツやニットを合わせるだけで、現代的でクリーンなビジネススタイルが完成します。
  2. 機能性素材の劇的な進化: スポーツウェアの技術が応用され、驚くほどのストレッチ性、汗をかいてもすぐに乾く吸水速乾性、そして出張などにも便利な防シワ性などを備えた高機能素材のジャケットやパンツが人気です。これらは、ビジネスウェアの窮屈なイメージを払拭しました。
  3. スニーカー通勤の一般化: 革靴一辺倒だったビジネスマンの足元に、きれいめなデザインのスニーカーが完全に定着しました。特に、ナイキやアディダス、ニューバランスといったブランドの、白や黒を基調としたシンプルなレザースニーカーは、ジャケパンスタイルとの相性も抜群で、機動力と快適性を格段に向上させています。

ビジネスウェアのカジュアル化は、単に服装が楽になったという表面的な変化ではありません。それは、旧来の形式主義から脱却し、仕事における個人のパフォーマンスや心身の快適性を重視するという、働き方そのものの価値観の変化を象徴しているのです。今後この流れはさらに加速し、仕事とプライベートの垣根をシームレスにつなぐような、より自由で合理的な服装が求められていくでしょう。

9. 日本の、メンズアパレルが世界で評価される理由

日本のメンズファッションは、今や世界中のファッションウィークやセレクトショップで、確固たる地位を築いています。コム・デ・ギャルソンのような前衛的なデザイナーズブランドから、裏原宿から生まれたニッチなストリートウェアまで、その影響力は計り知れません。

では、なぜ人口も国土も決して大きくない日本のメンズアパレルは、これほどまでに世界を魅了するのでしょうか。長年この業界に携わってきた経験から、いくつかの複合的な理由が挙げられると考えています。

  • 圧倒的な品質と、執念とも言える細部へのこだわり: 日本のモノづくりの根底に流れる、職人気質。それはファッションの世界でも遺憾なく発揮されています。例えば、生地の品質。岡山産のデニムや、和歌山の吊り編みスウェット、尾州のウール生地などは、そのクオリティの高さから世界のトップブランドからも求められています。また、丁寧な縫製技術や、着用した際のシルエットが最も美しく見えるようミリ単位で調整されるパターンメイキングなど、細部への徹底的なこだわりが、製品全体の圧倒的な完成度を支えています。
  • 卓越した編集能力と、独自の再解釈: 日本のファッションは、アメリカのアイビールックやワークウェア、ミリタリー、ヨーロッパのクラシックスタイルなど、海外の様々なカルチャーやスタイルを巧みに取り入れてきました。しかし、それは単なる模倣ではありません。元ネタへの深いリスペクトを持ちつつ、それを日本のフィルターを通して、現代の気分に合わせて独自のスタイルへと再解釈し、昇華させる「編集能力」に極めて長けているのです。ビームスやユナイテッドアローズといったセレクトショップが果たしてきた役割も、まさにこの編集能力の賜物です。このハイブリッドな感覚が、他国にはないユニークな魅力を生み出しています。
  • ストリートから生まれる、リアルでパワフルな独創性: ファッションが、一部のデザイナーからトップダウンで与えられるだけでなく、ストリートにいる若者たち自身がボトムアップでトレンドを生み出す力を持っていることも、日本の大きな強みです。渋カジや裏原系のように、リアルな日常やサブカルチャーから生まれたファッションは、強いエネルギーと独創性を持ち、理屈抜きで世界の若者たちの共感を呼びました。

これらの「品質」「編集力」「独創性」といった要素が複雑に絡み合い、日本のメンズファッションは、世界でも稀有な、深く、そして多様性に満ちたカルチャーを築き上げることができたのです。

10. 次の、メンズファッションのトレンドは?

これからのメンズファッションは、どこへ向かうのでしょうか。未来を正確に予測することは誰にもできませんが、現代社会が抱える課題や人々の価値観の変化から、いくつかの重要なキーワードを読み解き、その方向性を探ることは可能です。

  1. サステナビリティ(持続可能性)という新たな常識: ファッション業界が長年抱えてきた、大量生産・大量廃棄という負の側面への反省から、サステナビリティはもはや無視できないテーマです。リサイクル素材の積極的な活用、オーガニックコットンやフードテキスタイルのような環境負荷の少ない素材選び、そして「ファスト」の対極にある、一着を修理しながら長く大切に着るという価値観。これらは、もはや一過性のトレンドではなく、ブランドが存続し、消費者が賢く選択するための新しい常識となるでしょう。近年盛り上がりを見せる古着ブームも、この文脈で捉えることができます。
  2. さらなる多様性とインクルーシビティの深化: ジェンダーレスの流れはさらに進化し、年齢や体型、人種、国籍といった、あらゆる垣根を越えて、誰もがファッションを心から楽しめる時代へと向かいます。プラスサイズのモデルや、シニア世代のモデルの起用が当たり前になり、ブランド側には、より多様な人々を包摂するインクルーシブな姿勢が強く求められます。ファッションは、一部の限られた人々のためのものではなくなります。
  3. テクノロジーとのシームレスな融合: AIや3D技術の進化は、ファッションの世界を根底から変えるポテンシャルを秘めています。例えば、AIが個人の好みや体型データを分析し、最適なコーディネートを提案する。3Dスキャンした自分のアバターで、オンライン上で自由に試着する。そして、注文を受けてから3Dプリンターで一着ずつ生産することで、在庫を持たない究極のオンデマンド生産が実現するかもしれません。テクノロジーは、ファッションをよりパーソナルで、より合理的で、よりサステナブルなものへと変えていくでしょう。

私が確信しているのは、これからのファッションは、もはや「今シーズンはこれが流行り」といった、一つの大きなトレンドを全員で追いかけるような時代ではない、ということです。Y2Kファッションのリバイバルのように、過去のトレンドが循環しつつも、それはサステナビリティや多様性といった現代的な価値観のフィルターを通して再解釈されます。そして、その中から一人ひとりが自分自身のライフスタイルや哲学に合ったスタイルを、自由に構築していく。そんな、より成熟し、パーソナルな時代が訪れるのではないでしょうか。

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「自分らしさ」という、終わらない旅の始まり

メンズファッションの目まぐるしい変遷を、駆け足で振り返ってきました。それぞれの時代に、人々が何を求め、何を夢見、どう生きてきたか、その息遣いが聞こえてくるようではなかったでしょうか。

アメリカへの強い憧れから生まれたアイビールック、個性の爆発だったDCブランド、そして自分たちの価値観をストリートから叫んだ渋カジや裏原系。ファッションは、いつの時代も社会を映す鏡であり、言葉以上に雄弁に自分を語る、最も身近でパワフルなツールでした。

これからの時代、トレンドのサイクルはさらに速くなり、スタイルはますます多様化し、細分化していくでしょう。そんな情報の大海の中で溺れないために大切なのは、流行の表面をなぞるのではなく、その背景にある物語やカルチャー、価値観を理解し、自分自身のスタイルに取り入れられる本質的な要素を見極める視点です。

高価な服を身につけることだけが、お洒落ではありません。ファストファッションと古着を自分らしくミックスしたり、親から譲り受けた一着を主役にコーディネートを組み立てたりすることも、同じように尊いファッションの楽しみ方です。

様々な時代のスタイルを知ることは、あなたのファッションの引き出しを無限に増やし、より深く、より自由に自分を表現するための翼となります。

このトレンドの変遷という地図を手に、ぜひあなた自身の「格好良さ」を見つける、終わりなき冒険の旅を楽しんでみてください。その旅の先に、きっと新しい自分との出会いが待っているはずです。